熱帯魚


 熱帯魚が水槽の中を狭苦しそうに泳いでいる。薄暗い室内、こもった空気、独特の、生臭いような、なんとも言い切れないにおい。いくつもの水槽が棚にわっと並んで、色とりどりでたくさんの魚が種類別に分けられていた。ぶうんとモーターの音。ごぽごぽと水の音。ずらりと魚の入った水槽が、迷路の壁みたいに道を作っていた。瓶に入った、美しいひれのベタ。ぐるぐると、そんなに狭い瓶の中で平気かい? 群れをなす金魚たち。赤いひれがちぎれてしまわないかい?

 わたしは、この熱帯魚を扱う店の、あのにおいが嫌いで、熱帯魚は好きだった。店に入ってすぐの方には、水草や置物で小さなジャングルみたいにコーディネートされた水槽がいくつか置いてある。それを見るのが好きで、水槽を眺めながら自分が魚になったら、なんて考えるのも好きだった。わたしは小さなグッピー。メスだから、オスと違ってとっても地味だけど。そして水槽のジャングルを、水草をかき分けて泳ぐ。きっと隠れ家みたいで素敵な空間がたくさんあるに違いない。そんなことを考えるとわくわくした。

 わたしのお気に入りは、グリーンネオンテトラとエンゼルフィッシュ。グリーンネオンテトラは小さくて、あの鮮やかな青色のラインがきれいな魚だ。そのラインを、きらきらと水槽用の蛍光灯に反射させて泳ぐ姿はとってもかわいらしいし、水槽内でよく映える。エンゼルフィッシュは誰もが一度は見たことのある形をしている。平たい体、大きく発達した背ビレと長くて先の細くなった腹ビレと尻ビレ。黄色と黒の縦じま模様のが一番有名だと思うが、わたしは白いのが好きだ。泳ぐたびに、きらきらする鱗が真珠みたいだからだ。
 だけど、エンゼルフィッシュは他の魚と同じ水槽に入れると、その大きく目立つヒレをつつかれてぼろぼろにされてしまう。これはベタのオスにも言えること。華やかで美しいものは、常に孤独でいなければならないみたいに。
 まるで人みたいね、と思う。一人だけ特別に目立つ人は孤独になってしまう。もちろん例外もあるかもしれないけど。

 わたしと同じクラスのアミちゃんは、とってもかわいらしい子だった。お人形さんみたいにきれいな顔をしていて、人気もあった反面、悪口だってたくさんあった。アミちゃんは性格がそんなにいいわけじゃなかった。自分の容姿に自信があったし、それを活用していた。彼氏は月一くらいのペースで変わっていた。だけど、それが普通の子だったら、そんなに目立つこともなかったんだろうな、と思う。容姿の目立つ子はそれだけで噂が立ちやすいのだ。
 そして、アミちゃんは死んでしまった。自殺だった。まだ、この事実は広がっていない。
 なぜわたしが知っているのか。それはわたしとアミちゃんが仲が良かったからだ。わたしはアミちゃんの、ちょっとだけ高慢ちきな性格が嫌いじゃなかった。



 飼っていたエンゼルフィッシュは、同じ水槽に入っていた他の魚によって死んでしまった。ぷかりと浮かんでいるエンゼルフィッシュを網ですくった。わたしの大好きなあのヒレは、ぼろぼろで形をうまく留めていなかった。エンゼルフィッシュの死骸をティッシュにくるんで庭に埋めてこようかな、と思った。
 庭に出て、ああいけない、と思った。スコップを持って来なきゃ穴が掘れない。
 それに。
 エンゼルフィッシュのヒレのように、傷だらけのアミちゃんの腕が出てきている。やっぱり穴が浅かったのだ。親が旅行から帰ってくるまでに、隠さなきゃいけないな。



 わたしはグリーンネオンテトラが好きだ。小さくてラインがきれいで、かわいらしい。寿命はそんなに長くないから、庭には何匹も埋まっている。
 わたしはエンゼルフィッシュが好きだ。三角形に近いあの形がきれいで、鱗がきらきらしている。死んでしまったエンゼルフィッシュを今から埋めるので、わたしの庭にはまだエンゼルフィッシュはいない。
 わたしはアミちゃんが好きだ。容姿はかわいらしいし、性格だってちょっと毒があるくらいの方がいい。自殺するねってメールが来たから、ぜひ、死体をわたしの庭に埋めたいと思ったので埋めた。そこには大した理由はない。



 ただ、わたしの庭にはたくさんの熱帯魚が埋まっていて、死んだ魚たちのためのもう一つの水槽だと思っている。きっと地下にわたしが惚れ惚れするような水槽の中身が広がっているに違いない。わたしの大好きなもののための、大きくて素敵な水槽に、アミちゃんが入るのって当然でしょ。わたしも死んだらそこに行きたいな、と思っている。


 わたしは地味なメスのグッピー。アミちゃんはきれいなエンゼルフィッシュ。
 どうかな。今度は二人でうまく泳いでいけるといいね。




――――(了)


たぶんわたし魚好きだ。

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