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そしてわたしは幸せになれなかった。おしまい。この物語はバッドエンド、絶対に救われないお話。
かわいそうに、自覚症状があるほど、わたしは自分自身を異質だと認識していた。浮いているとか、そんなレベルのお話じゃあない。決定的に“違う”のだ。トラとネコ、くらいの違いならなんとかやっていけたのかもしれない。けれども、わたしと周囲の人間は、トリとネコくらい違った。自分は周りとなにもかもがずれていることに気付いた中学一年生のあの日。どうしてもみんなと同じになりたくて、いろいろなことを試したと思う。流行のドラマも見たし雑誌も読んだ。話題はついていけるはずなのに、やっぱり何か違った。その後は模倣模倣の嵐。しかし、わたしは誰にとってもいわゆる“本物”になれなかった。欠陥つきの“代替品”くらいがせいぜいいい位置。それに気付いて一週間、夜中にこっそり泣き続けて、わたしはみんなと同調することを諦めた。
時は流れる、人は変わる。しかし、わたしは変われなかった。ゆえにバッドエンド。変化のない人生に色のない世界。わたしは死ぬまでこのままだし、死んでもこのままだろう。これを不幸と言わずなんと? なあんて、自嘲気味に笑ってみたところで、わたしの気分が少し落ち込むだけ。そんなちっぽけな憂鬱が世界を変えるわけでもなし、今日も今日とて不変の一日。相変わらず周囲となじむ気配も、世界と同調する気配もなし。自分という存在の違和感に、落ち着きなく辺りを見回すだけ。
この頃にはもう、周りの人間を怖くすら感じていた。だってまるでみんな、ほかの生き物みたいなのだ。しかし、その周りの人間から見たら、わたしがほかの生き物みたいなのだろう。いっそ本当にほかの生き物だったらどんなによかっただろう。でも、わたしもみんなも、まごうことなき人間だった。
“レールの上を走る人生”というものがあるらしい。わたしにも当てはまるのか考えてみた。結果、わたしのレールは他人よりもうんと小さい、おもちゃみたいなものなんじゃないかと思い至った。一周なんて一分あればできちゃうくらいの大きさのやつ。もちろん、トンネルなんてない。あるとしたら欠陥線路ですもの、穴とか。そこに落ちたらサヨナラ、大失敗。エンドレスリピート。まるで不死鳥。
繰り返しの絶望と単調な日々をおくっていたある日、わたしはひらめいてしまった。死ぬまで、死んでも変わらない毎日なら、いっそのこと本当に死んでしまえばいいのだ。わたしは変わらない。けれどわたしが死ぬことによって、わたしの世界は変わる。
ひらめいたちっぽけな頭をフル回転させて、わたしはめくるめく自殺計画の脳内旅行に出発した。不死鳥みたい、なんていったのだから飛び立とう。ちょうどこの間、学校の屋上の鍵が壊れているのを発見したし、丁度いい。遺書は書かない。書くことなんてないだろうし。ああ、でも、口頭のおしゃべりで誰かに託してみたりするのは面白いかもしれない。わたしが死んで、その言葉を託された人のことを考えて思わず顔がゆるんだ。“普通の人”が聞いたら意味わからない最期の言葉を、ゴミ屋敷から宝石を掘り起こす勢いで探す。小さな頭の隅から隅まで生きてきたぶんの言葉を組み立てては崩す。なんていって困らせてやろう。世界に歓迎された“普通の人”への八つ当たりみたいな復讐劇。脳内旅行、ひとまず終了。現実へ帰還。
「そういうわけで」
わたしは爽やか度マックスの笑顔で言う。サヨナラへのカウントダウンはもう始まっているのだ。目の前の少年Aくんはわたしの言葉に、大変戸惑っているようだった。まあそうだろうなあ、だってわたしもこの人の名前とか知らないし。つまりは初対面。だけど放課後の学校なんていう、人が少なくなった時に見つけた貴重な人間。この機を逃さないワタクシ様ではありませんのよ。
「君は“死ぬ”ってことについてどう思う?」
「……は?」
「だからあ、“死ぬ”ってことについてどう思う?」
サービスで首を傾げてあげた。ちなみにわたしの笑顔はうそ臭いと定評がある。別にわざわざ笑顔を作ってるわけじゃないんだけど。夏の、まだ高い位置にある太陽が廊下の窓から差し込んできて眩しい。わたしは笑うのをやめた。
「えっと、別に。……なに? あんた死ぬの?」
怪訝そうに眉をひそめる少年Aくんに、わたしは「死ぬよお」とばかっぽく答えた。「人はいつか絶対にね」なんてつけ加えるのも忘れないあたり、わたしは気遣いができる女だと思う。モテモテになっちゃってもいいはずだけど、おかしいな。やっぱりネコがトリに恋できないのと同じようなものなのだろうか。エサだもんね、トリ。
「ていうか『別に』ね、『別に』……。エリカサマかって。私的には重要な意味を持ってたんだけど、普通は『別に』なのかな? なんとも思わないのかなあ」
おおげさなため息をついて少年Aくんと目を合わせないよう窓の外を見る。真っ青な夏空。スカイブルーがじんわり目にしみた。
「知らねえよ。つかあんだ誰」
「フェニックス」
「……なあおれ、もう帰っていい?」
「いやん」
どちらかというと内向的なわたしが見ず知らずの他人に話しかけることができて、かつ、おふざけできるのには、たったひとつの理由しかない。ベストアンサーは明日がないから。次を考えずに今を考えるだけでいいのは、とても気分が楽だった。明日がないって意外と素敵なことなのかもしれない。
「“変わらない”ってことはすごく怖いよ。だったら、何もかもなくしちゃった方が楽だと思わない? ねえ。ささやかな違和感と過ごす人生は耐え難いの、知ってた?」
いらない注意、彼には絶対に関係のない世界のお話。生まれた時から異質だったわたしだからこそわかる、この不安定な拒絶感。
「ま、それじゃグッバイお元気で。呼び止めちゃってごめんねえ」
わたしはぱたぱた手を振って少年Aくんの横を通り過ぎた。目指すは屋上。フェニックスの本気をご覧あれ。まあ落下は確実だけど。
ばたばたと足音を大きく響かせて走り屋上前の扉に到着。鍵……鍵? かかってるよそんなもん。前見たときは壊れてたけど、今見たら新しくされていた。扉と違い、錆のない真新しい鍵。ぴかぴかやってるそいつに涙が出そうになった。しかし、こうしちゃいられない。ずずっと鼻をすすって5階に下りる。階段のすぐ隣、“第四講義室”と書いてある教室に入ってその窓を開けた。落下地点確認。目標、無骨なコンクリートの海。このくらいの高さがあれば、死ぬのにじゅうぶんだろう。よっこらせ、と窓枠に足をかけた。そのまま座り込む。夕暮れの近づいてきた風は昼間よりも少し冷たい。けれども空はまだまだ青い。
ばたばたばたばたばた。誰かが大急ぎで階段を登る音がした。あーあ、屋上にはもう鍵がかかってるよ。さて、そろそろいきますか、と窓枠に立った時、古くなった講義室のドアが、ぎぎぎと不快な音を立てて開いた。目を向けると、さきほどの少年Aくん。人のいない講義室は少年Aくんの荒い息遣いと、窓から入る小さな風の音で満たされた。さっき走って階段登ってったのは少年Aくんか。何か用? と目で訴えると少年Aくんはいきなり怒鳴ってきた。
「『グッバイ』とかわけわかんねー質問とか、一体なんなんだよ!」
「え? 『グッバイ』ってたしか英語で、別れの挨拶的ななにかだと思ってたんだけど、違った?」
え、間違えた? わざわざ、少年Aくんに首を向けるのが面倒になって、わたしは身体ごと少年Aくんの方を向いた。一歩後ろに下がればすとんと落ちる場所に土踏まずで立つ。土踏まずは土は踏まなくても窓枠は踏む、みたいな、とちょっとおかしくなった。
「そういう意味じゃねえって! だから、あんた、なにしてんだよ」
ああ、少年Aくんは律儀だ。生産性のない、あの意味不明でいて無意味な会話とも呼べない一方的な話で、わざわざとめに来てくれるなんて。わたしなんかほうっておけばいいのにねえ。もちろん、少年Aくんにとめられたからといって、わたしの計画をとりやめるわけにはいかない。わたしはそんな素敵なご都合主義者じゃないし、ハッピーエンド至上主義者でもない。そんなのは認めない。それになにより、この物語は冒頭どおり、幸せになれない変われないバッドエンドであるから。
「んー、ちょっと合わないかなあなんて考えてね、とりあえず、ここで終了ってことで」
「意味わかんねぇよ!」
肩を大きくすくめて息を吐くと、少年Aくんは慌てたようにこちらへやって来た。講義室入り口から窓まで……何メートルあるんだろう。測ったことないから知らないけど、とにかく数メートル。少年Aくんに阻止される前にわたしは窓枠の側面にかけていた手を離し、日に照らされて熱くなったコンクリートに向かって後ろを向いたまま倒れこむようにダイブした。
青い空は、今まで見たなによりもきれいで、慌てた顔で覗き込み手を伸ばす少年Aくんの顔が思いのほか面白かった。初めてしっかりみた彼の顔は案外整っていて、スカイブルーの空とくすんだ校舎と少年Aくん、という景色は今まで見たなによりも最高だった。
さようなら世界! 単調で窮屈な恐怖の毎日!
---(了)
明るいような暗いようなのが書きたかった。イメージカラーは空色。
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